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活字印刷の歴史

この事の背景には何があるんでしょうか。

歴史
活字製造技術の中で最も影響力を持ったのはグーテンベルグに起源を持つ活字であるのは疑いないことである。しかしそれ以外にも活字は作られてきた。この節ではさまざまな活字技術の歴史と、さまざまな文字における活字開発の歴史を俯瞰していく。


膠泥活字と銅活字
活字は中国で発明された。『夢渓筆談』には、11世紀半ばの畢昇が発明した活字である膠泥活字(こうでいかつじ)の記事があり、これが初めての活字であると云われる(カーター: 162-164)。同書に依れば、粘土(膠泥)の一字一字の駒に文字を彫り、焼いて活字を得た。必要に応じて数十個まで作られた活字は、韻によって木箱に分納された。粘土を使ったのは、木では彼の考案した印刷法にむかないためであったという。

1300年代には王禎が木活字を作った。また、朝鮮では1403年に青銅製の活字が作られ(銅活字と呼ばれる)、実用化している。


木活字
木活字版はおもに仏典や学術書などの開版に使われた。木活字は欧州へも伝播した。

活字技術は中国では元の時代にほぼ消滅し、朝鮮に残るのみであった。それらの技術は豊臣秀吉が朝鮮へ出兵した際(文禄2年、1593年)に日本に持ち込み、後陽成天皇に献上した。それらに刺戟され慶長勅版(慶長2-4年)、伏見版(慶長6-11年)が木活字で作られた。伏見版で使われた木活字の一部が、開版の地であった円光寺に今もって保存されている(重要文化財)。


グーテンベルク活字
近代活版印刷技術はヨハネス・グーテンベルクによって1445年頃、ドイツのマインツで一応の完成をみた。すなわち、(1) 鋳造しやすい鉛合金(活字合金)の活字材料、(2) 正確で生産性の高い活字鋳造技術、(3) 金属活字に適した印刷インキ、(4) 葡萄絞り機を元にした平圧印刷機、の開発である。この技術はまたたく間にヨーロッパ中に広がった。

グーテンベルクは本というものの新しい概念を追求したのではなく写本の再現につとめたため、彼の作った活字は、ブラックレターとかゴシック体と分類される、写本に使われる黒みの強い書体であった。『グーテンベルク聖書』を誤って写本として分類した図書館も存在する。

やがて単なる手書きの再現ではなく、印刷の特性に合わせた書体が生み出されるようになり、イタリアでニコラ・ジャンソンによってローマン体が作られるなど、さまざまな活字書体が生み出された。


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2008年01月16日 23:24に投稿されたエントリーのページです。

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